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2021年03月08日2021年03月08日

所得税

大学等の費用は特定支出控除の対象となるのか

こんにちは、世田谷区で税理士をしている井戸川です。

また少し間が空いてしまいましたが、

前回に引き続き無料相談会であった質問についてご紹介していきます。

 

今回のテーマは「特定支出控除」です。

会社員(給与所得者)の節税策の1つとして存在する特定支出控除ですが、

あまり利用されていない現状があります。

利用するにもハードルが高いという理由はあるのですが、

例えば「資格取得費」なんかは利用できる方も多いのかなと思っています。

というわけで、ご興味があればぜひご覧ください。

 

給与所得者にとっての経費

特定支出控除を説明する前に、前提知識として給与所得者にとっての経費とは何かということをお話したいと思います。

給与所得者の経費

給与に限らず、所得税の計算は次の算式によって行います。

 

{(収入-経費)-所得控除}×税率-税額控除=納付税額

 

給与所得者も実は上記の計算に基づき税額を求めています。

そうはいってもあまり馴染みがないかもしれませんね。

それは、給与所得者の経費は、収入額に応じて55万円~195万円までの金額が自動的に経費として計算されているためでしょう。

いわゆる、実費経費ではなく、概算経費が認められているということになります。

そのため、会社の付き合いで毎日飲み歩いている人も、全く飲み会に参加しない人も、

オーダーの高級スーツを買う人も、既成スーツを買う人も、

実際に支出した金額は関係なく、収入が同じであれば概算経費の金額も同じとなります。

この給与所得者における概算経費のことを「給与所得控除」といいます。

名称がややこしく、所得控除の一種と思われがちですが、経費の一種と思ってください。

 

基本的には給与所得控除は高めに設定されているので、

多くの方が実費よりも多い金額が経費として認められていると考えて良いでしょう。

※ただし、近年の給与所得控除は縮減傾向にあります。

 

しかしながら、それでも一定数は実費の方が多いので、

給与所得控除では損しているんだ!という方もいるわけです。

そんな概算経費よりも実費の方が多い人たちのための救済措置がこの「特定支出控除」です。

特定支出控除制度の創設

特定支出控除は昭和62年に創設された、実はかなり昔からある制度です。

そして、この制度の創設には、税界至上最も有名な裁判である通称「サラリーマン税金訴訟」がきっかけとなっています。

税の専門家でサラリーマン税金訴訟を知らない人はいないと言っても過言ではないほどの裁判ですので、

税理士選びの判断基準として、「サラリーマン税金訴訟ってどんな裁判ですか?」と質問してみるのも良いかもしれません(笑)

 

サラリーマン税金訴訟を語ってしまうと、それだけで日が暮れてしまいますので、

ここでは簡単にご紹介すると、

サラリーマンであったAさんが、自営業の人は実費経費が認められているのに、

サラリーマンは概算経費しか認められないのは不公平だとして、

憲法14条(平等原則)に違反していると主張した裁判です。

この裁判は最高裁の大法廷まで争われ、結果としてAさんは敗訴しました。

しかし、この裁判をきっかけに国が動き、給与所得者にも概算経費以外の経費計算の方法が認めらることになりました。

特定支出控除とは

特定支出控除の概要

1で述べてきた通り、給与所得者は原則として給与所得控除という概算経費が認められていますが、

一定の場合には特定支出控除として給与所得控除以上の経費が認められています。

 

認められる経費の額は次の計算の通りです。

 

特定支出-給与所得控除額×1/2=追加で認められる特定支出控除額

 

(例)年収500万円(給与所得控除は144万円)、特定支出100万円の場合

(計算)100万円-144万円×1/2=28万円(特定支出控除額)

給与所得控除144万円+特定支出控除28万円=172万円が経費となる。

特定支出の範囲

仕事のために支出した費用が何でもかんでも経費になるわけではありません。

言葉の通り、特定の支出だけが今回の計算対象となります。

それではどのような支出が対象となるのかを見ていきましょう。

分類 内容
通勤費 通勤のための支出
旅費 勤務地を離れて職務遂行するために直接必要な旅行のための支出
転居費 転勤に伴う転居のための支出
研修費 職務に直接必要な技術や知識を得ることを目的として研修を受けるための支出
資格取得費 職務に直接必要な資格を取得するための支出
帰宅旅費 単身赴任などで赴任先と自宅間の旅行のための支出
勤務必要経費

(図書費、衣服費、交際費等)

書籍代、制服代、贈答品代など、職務遂行に直接必要な支出(ただし、合計で65万円が限度)

なお、上記に該当したとしても、会社等から金銭の補助があり、

かつ、その補助が所得税非課税である場合には特定支出には該当しません。

さらに具体的にどのような支出が対象となるかを国税庁がQ&A形式で公表していますので興味のある方はご覧ください。

https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/shotoku/shinkoku/200629_2/pdf/03.pdf

手続き要件

ここまで読んでいただいて、もしかしたら適用できるかもと思われた方もいらっしゃるかもしれません。

実は、この手続き要件でやっかいなハードルが待ち構えています。

確定申告を行う際の要件は次の3つです。

 

①給与支払者の証明書を添付する

②特定支出の明細書を添付する

③領収証等を添付する

 

②と③は自分が手間暇をかければ何とかなるものですが、

①は会社にこれらの支出は業務に必要なものでしたという証明をしてもらわなければなりません。

制度の内容を考慮すれば、なんでもかんでも特定支出として認めると不正も起こりかねないので、

業務に必要だったかを客観的に判断できる者の証明は必要だとは思います。

しかし、必ずしも会社側がこの制度を理解しているとは限らず、

証明書にサインすることに躊躇する可能性もあり、

特定支出をしているにも関わらず特定支出控除が受けられないという現象が起きてしまう可能性もありそうです。

どのくらい利用されているのか

直近の数字が確認できなかったのですが、平成30年度で約1700人の利用があったようです。

給与所得者の絶対数を考えるとごくごく一部の人だけとなっていますね。

特定支出の範囲については、創設当初に比べて広がってきていますが、

もう少し適用しやすくなるよう、制度設計が必要な気がします。

ここで立法論を述べてもあまり意味がありませんが、

年末調整で適用できるようにするなども会社の事務負担は増えてしまいますが理論上は可能でしょう。

具体例

最後に適用できるかできないかの具体例をあげていきたいと思います。

特定支出控除を適用するためには、ある程度まとまった支出をしている必要があります。

そこで、まとまった支出となりやすい大学等の費用について個別具体的に紹介します。

ロースクールの費用(適用できる)

上記2-2でご紹介した国税庁のQ&Aでは、

ロースクール(法科大学院)の学費が特定支出に該当するかどうかについて、

次のように回答されています。

 

現在、基本的には法科大学院で一定の学位を取得しない限り司法試験の受験資格が得られず、弁護士の資格を取得するための一般的な手段が法科大学院を修了する方法であると考えられることなどから、法科大学院に係る支出は、資格取得費として特定支出となります

 

もちろん、職務の遂行に直接必要であるこをが求められるので、

例えば、法律事務所や企業の法務部に在籍しているということが前提となるでしょう。

税法免除大学院の費用(適用できない)

一方で、税理士事務所等の勤務者が、税理士資格取得のため税法免除大学院に通う場合はどうでしょうか。

同じく国税庁のQ&Aで次のように回答されています。

 

会計大学院(アカウンティングスクール)に係る支出については、会計大学院は、それを修了することにより、公認会計士試験の一部科目を免除されますが、法科大学院とは異なり、受験資格を得るための支出ではないため、資格取得費としては特定支出とはなりません。
また、税法や会計学に関する研究により修士の学位を取得するための支出についても、これにより税理士試験の一部科目を免除されますが、同様に資格取得費としては特定支出とはなりません

 

回答には「受験資格を得るための支出ではない」ことが挙げられていますが、

果たして、資格取得費の判断に際して、受験資格を得られるかどうかという基準を用いるのが適切なのかは疑問に感じるところです。

どちらかというと、より資格取得に近い費用は、

受験資格を得るためのロースクールの費用よりも、直接試験科目を免除することができる、

税法免除大学院や会計大学院の費用ではないだろうかと私は思っています。

 

ちなみに、私の場合はというと、

税理士試験科目の免除のための大学院の費用は特定支出にあたるとして、

当時の確定申告において特定支出控除の適用を受けました。

しかしながら、その後の税理士登録の際に、

東京税理士会より当該申告は認められない旨の指導があり、修正申告を行うに至っています。

税理士を目指す方におかれましては、くれぐれも自己責任で!

とここにアドバイスをさせていただきます。

研究奨励金を受ける者の大学院の費用(適用できない?)

日本学術振興会特別研究員という立場の人たちがいます。

大学院の博士課程の在籍している人たちの中でも特に優秀な人たちが、

日本学術振興会から給与の名目で研究奨励金を受け取ることができるのですが、

この給与に対して、大学院の学費等が特定支出になるかどうかという議論があります。

この場合は、資格取得費ではなく研修費になるかどうかという話になりますが、

これについて実体験をnoteに書いている方がいらっしゃったので、ここで勝手ながら紹介させていただきます。

 

学振DCにとって大学院で学ぶことは不要のものですか?

 

結論としては、給与支払者(日本学術振興会)から証明書を発行してもらえず、

特定支出控除は適用できなかったとあります。

日本学術振興会としても税務署と意見を交わしたうえでの結論のようですから覆すのは難しそうです。

特定支出に該当するかどうかにかかわらず、結局のところ給与支払者から証明書を発行してもらえなければ特定支出控除の適用はできないので、

これがこの制度のネックになっている部分だろうと思います。

福祉系大学の費用(国税庁の見解なし)

福祉関連事業所等の勤務者が、社会福祉士や精神保健福祉士の資格取得のため、

福祉系大学に通う場合、ロースクールの場合と同様に特定支出として認められるのでしょうか?

例えば、社会福祉士においては、福祉系大学で社会福祉士養成指定科目を履修し卒業した者、

または社会福祉士養成施設で必要な知識及び技能を修得することが受験資格となります。

また、直近の令和2年における受験者数39,629人における割合としては、

福祉系大学ルートが21,756人で54.9%と過半数が福祉系大学での卒業資格で受験をしています。

このような社会福祉士の受験状況を考えれば、

一定の学位を取得しない限り社会福祉士の受験資格が得られず、

そして一般的な手段が福祉系大学を卒業する方法であると考えられるため、

特定支出に該当するといってよいでしょう

考え方(私見)

国税庁のQ&Aは具体的にさまざまな事例を紹介してくれていますが、

Q&Aに全てが記載されている訳ではありませんし、

Q&A以外の考え方がダメだということでもありません。

とはいえ、Q&Aに書かれていない支出について、

給与支払者から証明書を発行してもらおうと思えば、

相当の根拠をもっていかなければならないでしょう。

 

私が1つの判断要素として考慮したいのが、「直接必要」という文言です。

特定支出の一覧を見てもらえれば、特定支出の費目の多くに「直接必要」という文言が入っていることがお分かりいただけると思います。

 

事業における必要経費の範囲においても、

その支出と収入に直接関連性があるのかどうかということがしばしば議論になります。

また、必要経費以外に家事関連費という概念があり、

事業にもプライベートにも当てはまる支出についての取り扱い規定もあります。

例えば、自宅兼事務所の家賃についていくら必要経費にするかということですね。

 

恐らく、特定支出控除においては、この家事関連費は認めないという意味が、

「直接必要」という文言となって表現されているのではないかと考えます。

 

そして私がよく、事業の必要経費かどうかの区別をする基準として説明するのが、

「事業(勤務先の仕事)をしていなかったとしたら、その支出はしなかったといえるか」ということです。

言い換えれば、事業をしていなくても、その支出をする可能性があるのだとすれば、

それはプライベートの支出としての性格も持ち合わせ、必要経費とは言い難くなるでしょう。

これが判断基準の全てではありませんが、より直接必要であると言うための根拠とはなるはずです。

 

このように考えれば、上記の具体例についても税理士の例以外はおおむね国税庁と見解が一致するのかなと感じます。

おわりに

私は現在、日本福祉大学の通信課程で学んでいますが、

同級生には現役福祉職の方も多く、みなさん仕事と学業やご家庭との両立を実践されています。

常に学びに貪欲に、向上心を持って勉強をされている姿を見て、

私も頑張らなきゃなと勝手に刺激されています。

会社が教育・研修の一環として支援すべき部分もあるかもしれませんが、

一部分でも税制が担うことができたなら嬉しいなと思います。

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